系譜 / インドから日本へ

輪廻の観念は、インドから日本へどう変わったか

生まれ変わりという考え方は、二千数百年のあいだにインドから中国を経て日本へ伝わりました。ただし、伝わるあいだに中身が変わっています。どこで何が加わり、何が落ちたのかを、成立年と文献名をつけて並べます。

01

成立の順に並べる

並びは成立の古い順で、重要さの順ではありません。

インド ── 体系として現れる
前七〜六世紀
ウパニシャッド
リグ・ヴェーダには、体系としての輪廻は見あたらない。初期のウパニシャッドで、行いによって次の生が定まると初めて明示される。出典:『ブリハッド・アーラニヤカ・ウパニシャッド』4章4節5/6章2節(五火二道説)
同じころ
行き先が分かれる
善い行いをした者と、汚れた行いをした者とで、次に生まれる先が違うと具体的に説かれるようになる。出典:『チャーンドーギヤ・ウパニシャッド』5章10節(五火二道説)
前二世紀ごろ
仏教の宿題
変わらない自己を認めないのに、何が生まれ変わるのか。同じでも別でもない、と灯火の喩えで答えられている。出典:『ミリンダ王の問い』第二篇(車と灯の喩え)
二〜五世紀
ジャイナ教
業を、魂に付着する物質の微粒子として捉える。情念がある限り取り込まれ続ける、という仕組みで説明される。出典:ウマースヴァーティ『タットヴァールタ・スートラ』8章2節
中国 ── 受け入れるために、形が変わる
仏教以前
中国には輪廻の観念が無かったとされる。魂と魄、地下の黄泉、そして祖先を祀る営みが、死後を語る枠組みだった。出典:余英時「O Soul, Come Back!」『ハーバード・アジア研究誌』47巻2号 1987年
404年
慧遠
体は尽きても、たましいは滅びないと論じた。輪廻を受け入れるにあたって、不滅の主体が立てられている。出典:慧遠『沙門不敬王者論』第五「形尽神不滅」(『弘明集』巻五所収)
489〜507年
神滅論争
たましいは体とともに滅びると説く反論が出る。刃と切れ味の喩えで、体を離れた存在を退けている。出典:范縝『神滅論』(『弘明集』巻九に反論とともに収録)/507年に梁の武帝が六十余名に反駁させた
日本 ── 因果応報から、祖霊へ
822年ごろ
『日本霊異記』
日本で最も古い仏教の説話集とされる。善悪の報いが現世に現れる話を、日本で起きた事例として集めている。出典:景戒『日本国現報善悪霊異記』上中下三巻・全116話(弘仁13年ごろ)
985年
『往生要集』
六道のありさまが詳しく描かれる。のちの六道絵や地獄絵の元になり、日本人の死後の像を形づくっていく。出典:源信『往生要集』全三巻・十門(寛和元年)第一門「厭離穢土」
1946年
柳田国男
「六道輪廻とは異なる」と本人が明言している。神と呼ばれる地位に登ると、生まれ変わる機会は無くなるとされる。出典:柳田国男『先祖の話』第77節「生まれ替り」(筑摩書房1946年)
近代 ── 西洋を経由して、もう一度入る
十九世紀
心霊主義
いま「生まれ変わり」として語られる形の一つは、十九世紀のフランスで生まれたと整理されている。古い輪廻とは別系統である。出典:竹倉史人『輪廻転生』講談社現代新書2015年(再生型・輪廻型・リインカネーション型の三分)
明治以降
神智学
協会の思想が日本に入り、出版と支部の活動によって広まっていく過程が、研究として跡づけられている。出典:吉永進一「近代日本における神智学思想の歴史」『宗教研究』84巻2号 2010年
02

この系譜でいちばん大きな変化

中国では、不滅の主体を立てることで受け入れられました

仏教は、変わらない自己を認めません。ところが中国で輪廻が受け入れられるとき、慧遠は「体は尽きても、たましいは滅びない」と論じました。移っていく不滅の主体を立てたことになります。

これはインドの仏教が退けた立て方に近いものです。『ミリンダ王の問い』では、生まれ変わる者は「同じでも別でもない」と説明されていました。中国では、その微妙な位置づけではなく、はっきりした主体が置かれています。

この変化は、当時の中国でも論争になりました。范縝は「たましいは体とともに滅びる」と反論し、刃と切れ味の喩えを用いています。梁の武帝は六十余名に反駁を書かせました。受け入れる側の内部で、正面から争われた論点です。

日本では、輪廻より祖霊が前に出ました

『日本霊異記』は因果応報の話を集め、『往生要集』は六道のありさまを描いて、後の地獄絵の元になりました。ですが日本で広く受け継がれたのは、輪廻そのものより祖霊の観念のほうです。

柳田国男は、この違いを自分ではっきり書いています。『先祖の話』の生まれ替りを扱った節で、それは六道輪廻とは異なるとし、神と呼ばれる地位に登ると生まれ変わる機会は無くなる、と述べました。同じ「生まれ変わり」という語で、別のことが語られています。

ただし由谷裕哉は、柳田研究において生まれ替りの問題が本格的に扱われてこなかったとも記しています。定説として固まった論点ではありません。

近代に、別の経路でもう一度入っています

いま日本語で「生まれ変わり」として語られるもののうち、魂が学びのために生まれる時代や親を選ぶ、という形の語り方は、十九世紀のフランスで生まれた心霊主義に由来すると整理されています。古代インドから伝わった輪廻とは、別の系統です。

出典=竹倉史人『輪廻転生』講談社現代新書2015年。同書は生まれ変わりの観念を再生型・輪廻型・リインカネーション型の三つに分け、三つめを近代に生まれたものと位置づけています。

03

確かめられなかったこと

「輪廻転生」という日本語がいつ定着したかは、確認できませんでした。「輪廻」単体は818年の用例まで遡れますが、複合語としての初出は辞典に見あたりません。近代の造語かどうかも判断できていないため、書いていません。
また「仏教伝来以前の中国に輪廻の観念が無かった」ことを正面から論じた文献は、書誌までしか確認できていません(本文が有料で開けませんでした)。01節ではその旨がわかる書き方にしています。

04

出典の確認状況

出典使った箇所状況
『ブリハッド・アーラニヤカ・ウパニシャッド』4章4節5・6章2節01節原文と成立年代を確認
『チャーンドーギヤ・ウパニシャッド』5章10節(五火二道説)01節原文を確認
『ミリンダ王の問い』第二篇(車と灯の喩え)01・02節校訂と英訳を確認
ウマースヴァーティ『タットヴァールタ・スートラ』8章2節01節原文を確認
余英時「O Soul, Come Back!」『ハーバード・アジア研究誌』47巻2号 1987年01節書誌のみ(本文は有料で未読)
慧遠『沙門不敬王者論』第五「形尽神不滅」(404年・『弘明集』巻五)01・02節目録で所収を確認
范縝『神滅論』(『弘明集』巻九に反論とともに収録)01・02節原文と論争の経緯を確認
景戒『日本国現報善悪霊異記』(822年ごろ・全116話)01節成立年と構成を確認
源信『往生要集』(985年・十門)第一門「厭離穢土」01節成立年と構成を確認
柳田国男『先祖の話』第77節「生まれ替り」01・02節節の位置と本人の記述を確認
由谷裕哉「柳田國男の祖霊観と霊山観との関わり合い」2020年02節記述を確認
竹倉史人『輪廻転生』講談社現代新書 2015年01・02節三分類を確認
吉永進一「近代日本における神智学思想の歴史」『宗教研究』84巻2号 2010年01節書誌を確認