立場 / インドに始まる系統

ジャイナ教

この立場が、それぞれの問いに何と答えているかを縦に読みます。文はいずれも問いのページから取ったもので、書き直していません。

01

問いごとの答え(22件)

死んだらどうなるのか

行為によって生じた微細な物質が魂に付着し、それが魂を輪廻につなぎとめる。すべて取り除かれた魂は、宇宙の頂へ昇り、そこにとどまるとされる。出典:ウマースヴァーティ『タットヴァールタ・スートラ』(2世紀)/シッダシラーはジャイナ宇宙論

死者と生者はつながれるのか

解脱した魂は世界に働きかけない。祈っても応答は返らないとされる。儀礼は死者のためではなく、生者自身の修養として営まれる。出典:ウマースヴァーティ『タットヴァールタ・スートラ』10章5節

生まれる前の私はいたのか

魂は永遠の実体の一つとされ、造られたものではない。ゆえに始まりを持たず、常に在ったことになる。出典:ウマースヴァーティ『タットヴァールタ・スートラ』5章3〜4節

名を残すことに意味はあるのか

名を求めることも、所有への執着に数えられる。持たないことが、五つの誓いの一つに置かれている。出典:ウマースヴァーティ『タットヴァールタ・スートラ』7章1節

祈りは届くのか

解脱した魂は世界に働きかけない。祈っても応答は返らないとされ、儀礼は祈る側の修養として営まれる。出典:ウマースヴァーティ『タットヴァールタ・スートラ』10章5節

意識はどこから来るのか

魂そのものが知るはたらきを備えているとされる。物質とは別の実体として、はっきり立てられている。出典:ウマースヴァーティ『タットヴァールタ・スートラ』(2世紀)

他者とどう関わるのか

傷つけないことが、五つの誓いの筆頭に置かれる。ごく小さな生きものにまで、その範囲が及ぶとされる。出典:ウマースヴァーティ『タットヴァールタ・スートラ』7章1節

運命は決まっているのか

カルマは物質の微粒子として捉えられ、魂に付着するとされる。情念がある限り取り込まれ続けると説かれる。出典:ウマースヴァーティ『タットヴァールタ・スートラ』8章2節

生まれ変わりはあるのか

ある。行為が微細な物質として魂に付き、その重さで次の身体が決まる。すべて取り除けば繰り返しが終わる。出典:ウマースヴァーティ『タットヴァールタ・スートラ』(2世紀)

欲は満たすべきか、減らすべきか

山ほどの金銀があっても、貪る者を満たしはしないとされる。所有しないことが、五つの誓いの一つに入る。出典:『ウッタラーディヤヤナ・スートラ』9章48〜49節/『タットヴァールタ・スートラ』7章1節

私とは何か

魂は本来、知る力と安らぎを備えているとされる。業の物質に覆われているだけで、取り除けば本来の姿が現れる。出典:ウマースヴァーティ『タットヴァールタ・スートラ』(2世紀)

神とは何か

世界を創った神を立てない。解脱した魂は敬われるが、世界に働きかける存在としては説かれてこなかった。出典:ウマースヴァーティ『タットヴァールタ・スートラ』(2世紀)

幸せとは何か

魂は本来、知る力と安らぎを備えているとされる。覆いを取り除いたところに、幸せが現れてくる。取り除く作業が、そのまま道になる。出典:ウマースヴァーティ『タットヴァールタ・スートラ』(2世紀)

生きるとは何か

生きることは、魂に付いた業を減らしていく過程とされる。傷つけないことが、その中心に据えられている。出典:ウマースヴァーティ『タットヴァールタ・スートラ』(2世紀)

現実は心が作るのか

世界は心とは別に実在するとされる。ものごとは見る角度によって違って現れる、という形で多面性が説かれる。出典:ウマースヴァーティ『タットヴァールタ・スートラ』(2世紀)

成功とは何か

成功は、業を減らせたかどうかで測られる。世で得たものは、むしろ重荷として扱われることになる。得ることは重荷になりうる。出典:ウマースヴァーティ『タットヴァールタ・スートラ』(2世紀)

時間とは何か

時そのものを、実体の一つとして数える。ものごとが続き、変わり、動き、前後を持つはたらきの側から捉える。出典:ウマースヴァーティ『タットヴァールタ・スートラ』5章39節(版により番号が異なる)

宇宙とは何か

宇宙は人の形になぞらえて描かれる。始まりも終わりもなく、造った者もいないと古くからされてきた。始まりを問う必要が生じない。出典:ジャイナ宇宙論(ロカ)

天国・地獄・浄土はどこにあるのか

宇宙は人の形になぞらえて描かれる。下方に地獄、中ほどに人の世界、上方に天界、その頂に解脱した魂の場所が置かれる。出典:ジャイナ宇宙論(ロカ・シッダシラー)

善悪はどこで決まるのか

傷つけないこと・偽らないこと・盗まないことなど、五つの誓いとして具体的に定められ、守る度合いで分けられる。出典:ウマースヴァーティ『タットヴァールタ・スートラ』7章1節

なぜ生まれてくるのか

行為が微細な物質として魂に付き、その重さによって身体を受ける。誰かの意図によるのではなく、自分の行いの結果である。出典:ウマースヴァーティ『タットヴァールタ・スートラ』(2世紀)

なぜ苦しみがあるのか

苦しみは、過去の行為が魂に付いた結果とされる。誰かの意図によるのではなく、自分の行いが自分に返ってくる。出典:ウマースヴァーティ『タットヴァールタ・スートラ』(2世紀)