軸 1 / 始まりをめぐる問い

なぜ生まれてくるのか

誰かの意図によるのか、意図なしに起こるのか。目的が先にあるのか、後から作るのか。世界の宗教・哲学・科学・現代の言説が何と答えてきたかを並べます。正しい・正しくないの判定はしません。並び順は成立の古い順で、意味はありません。

01

答えを並べる

同じ名前の宗教でも、この問いでは答えが割れます。割れているところまで降りて書きます。割れていないところは割りません。一つの答えは六十字前後にそろえてあり、資料の多い立場ほど長くなることがないようにしています。

インドに始まる系統
ヒンドゥー教
(ヴェーダーンタ)
過去の行いの結果として、真の自己があらためて身体を受ける。生まれること自体に目的は置かれず、繰り返しのなかの一場面とされる。出典:ウパニシャッド/『バガヴァッド・ギーター』
ヒンドゥー教
(サーンキヤ)
見る者としての精神と物質とが取り違えられ、その状態が続いているために生じるとされる。外から与えられた目的は置かれない。出典:イーシュヴァラクリシュナ『サーンキヤ・カーリカー』(4〜5世紀)
ヒンドゥー教
(信愛の道)
神との関わりのうちに置かれて生まれるとされる。目的は、神を知り、神へ向かっていくことのうちに見いだされる。出典:『バガヴァッド・ギーター』
ジャイナ教
行為が微細な物質として魂に付き、その重さによって身体を受ける。誰かの意図によるのではなく、自分の行いの結果である。出典:ウマースヴァーティ『タットヴァールタ・スートラ』(2世紀)
仏教・上座部
創造主の意図によるのではない。無明と渇きによって、行いの結果が次の生を引き起こすという形で説明される。出典:相応部12.1・12.2
仏教・説一切有部
同じ枠組みを取りながら、生じる仕組みを存在の要素の実在によって細かく説明した。目的としての理由は置かれない。出典:世親『阿毘達磨倶舎論』世間品
仏教・犢子部とくしぶ
繰り返しを担うものとして人格を立てたが、なぜ生まれるのかという目的については、部派に共通する枠組みを出ていない。出典:『倶舎論』破我品に引かれた説
仏教・唯識
深層の識に蓄えられた行為の種子が熟して、次の生が生じるとされる。外から与えられた目的としては説明されない。出典:世親『唯識三十頌』(玄奘訳)/護法釈『成唯識論』
仏教・浄土教
生まれてきた理由よりも、この生をどう終えるかに重心が置かれる。目的は、浄土に往生することとして定められている。出典:浄土三部経/親鸞『教行信証』
仏教・禅(道元)
なぜ生まれたのかという問いの立て方を退ける。生まれていることそのものが、すでに欠けのないありようだとされる。出典:道元『正法眼蔵』現成公案
仏教・チベット
中間の期間を経て、行いに引かれて生を受けるとされる。何に引かれて宿るのかが詳細に説かれ、導きが用意されている。出典:『バルド・トドゥル』(14世紀カルマ・リンパ)
シク教
多くの生を経てようやく得た人の身であり、神と結ばれるための機会として与えられたものだと説かれている。出典:『グル・グラント・サーヒブ』
中国に始まる系統
儒教
生まれる理由を主題としない。孔子は、生をまだ知らないのに死を知ろうとすることを退けた。問われるのは務めのほうである。出典:『論語』先進篇
道教(荘子)
道の自然なはたらきとして生じるとされる。なぜ生じたのかを人が問うこと自体が、作為として退けられている。出典:『老子』/『荘子』至楽篇
日本
神道(古典神話)
いのちは産霊むすひのはたらきによって生じるとされる。生まれる理由を教義として定めることは、そもそも行われない。出典:『古事記』上巻 天地初発
神道(祖霊の観念)
いのちは祖先から連なって受け継がれるものとして受けとめられる。理由を説くのではなく、祝い、清めることが行われる。出典:柳田国男『先祖の話』1946年
西アジアに始まる一神教
ユダヤ教
(ラビの伝統)
神が意図をもって創った。人は神のかたちに造られた存在として、律法に従って生きるためにこの世にあるとされる。出典:創世記 1:27
ユダヤ教
(カバラー)
魂が果たすべきことを果たすために降りてくるとされる。果たし終えるまで繰り返し戻ると説かれ、生は課された務めとして捉えられる。出典:ヴィタル『シャアル・ハ・ギルグリーム』(16世紀・ツファット)
キリスト教
(カトリック)
神が意図して創造した。人は神との交わりのうちに生きるために存在し、その生は繰り返されない一度きりのものとされる。出典:創世記 1:27/ヘブライ人への手紙 9:27
キリスト教
(正教)
同じく神の創造による。人が神に似た者へと変えられていく、その長い過程の始まりとして生が置かれている。出典:新約聖書/ギリシア教父(エイレナイオス以降)
キリスト教
(プロテスタント)
神の創造による。人は自らの功によってではなく、ただ神の恵みによってこの世に置かれているとされ、そこに理由が求められる。出典:新約聖書/カルヴァン『キリスト教綱要』1536年
イスラム教
(スンナ派)
神が人を創り、地上における代理者として置いた。創られた目的は神に仕えることであると、経典に明示されている。出典:クルアーン 51:56/2:30
イスラム教
(シーア派)
同じ枠組みを共有する。加えて、導き手に従って生きることが、生の目的のうちに位置づけられている点が異なる。出典:クルアーン/クライニー『アル・カーフィー』
イスラム教
(スーフィズム)
神が知られることを望んだために世界と人が在るとされる。生まれることは、神へ還っていく道の出発点として置かれる。出典:ガザーリー『宗教諸学の再興』/ルーミー『マスナヴィー』
ギリシアに始まる哲学
プラトン
魂は身体より先にあり、生まれることは魂が身体に宿ることだとされる。学びは、忘れていた知を想い起こすことになる。出典:プラトン『パイドン』72e〜77a/『メノン』81c〜86c(想起説)
エピクロス
目的として問わない。人は原子の集まりとして生じるとされ、快と苦をどう扱うかのほうが主題として置かれる。出典:エピクロス『メノイケウス宛書簡』
ストア派
個人のための理由はない。宇宙を貫く理法のはたらきの一部として生じ、与えられた役を引き受けることが説かれる。出典:エピクテトス『語録』3巻24章94節・2巻5章13節(全体の一部分)/『自省録』
デカルト
生まれる理由を論じない。関心は、疑いえないものから知を組み立て直すことのほうに置かれ、目的は扱われない。出典:デカルト『省察』
スピノザ
目的として問うこと自体を退ける。自然に目的は無く、人はその必然のうちに生じているのだと論じられている。出典:スピノザ『エチカ』第一部 付録
カント
目的は知りうることの外にある。ただし人が自分と他者を目的として扱うべきことは、理性の側から導かれるとされる。出典:カント『道徳形而上学の基礎づけ』第二章(Ak. 4:429)
ハイデガー
理由を与えられないまま投げ入れられている、というところから始める。なぜかは問わず、そこからどうするかを問う。出典:ハイデガー『存在と時間』第29節(被投性)
実存主義
(サルトル・カミュ)
生まれてくる理由はあらかじめ与えられていない。人はまず存在し、そのあとで自分が何であるかを作っていくとされる。出典:サルトル『実存主義とは何か』1946年
心理学
ユング
目的の判定は避ける。ただし人が生の意味を求めること自体を、心の深いところから来る働きとして重く受けとめている。出典:ユング「心理療法と牧会の関係について」1932年(『心理学と宗教』村本詔司訳・人文書院)
フランクル
与えられた理由を探すのではなく、人生の側から問われていると考える。答えを出すのは生きている側だとされる。出典:フランクル『死と愛』第二章第一節「人生の意味」(霜山徳爾訳・みすず書房)
科学
神経科学
この問いを立てない。個体が生じる仕組みは扱うが、なぜという目的の形での問いは、そもそも対象にしていない。出典:カンデルら『カンデル神経科学』第2版 2022年(原著第6版2021年)
進化生物学
この問いを立てない。個体が生じるのは遺伝と自然選択の結果であり、目的があるともないとも述べずに過程を記述する。出典:マイア「生物学における原因と結果」1961年
宇宙論
この問いを扱う枠組みを持たない。世界の始まりは扱うが、個人が生まれる理由を語るための語彙を持っていない。出典:プランク共同研究『Planck 2018 results VI』2020年
量子力学
この問いに答えを持たない。粒子の状態がどう振る舞うかを記述する理論であり、人が生まれる理由を扱う枠組みではない。出典:サクライとナポリターノ『Modern Quantum Mechanics』第3版 2020年 1章4節
現代の言説
神智学
魂が経験を重ねて進んでいくために、繰り返し生まれるとされた。生まれることは、学びの機会として位置づけられる。出典:神智学協会(1875年創設)/H・P・ブラヴァツキー『The Secret Doctrine』全2巻 1888年
現代スピリチュアル
魂が学びと経験のために、自ら時代・境遇・親を選んで生まれてくるとされる。語り手ごとに内容が異なるため個別に扱う。出典:系譜「引き寄せ・波動はどこから来たか」
臨死体験の研究
生還者の報告に、まだ戻って果たすことがあると告げられたという語りが含まれることが記録されている。解釈は分かれる。出典:ムーディ『Life After Life』1975/AWARE研究
信仰を持たない立場
唯物論・無神論
目的は無いとされる。人が生じるのは自然の過程の結果であり、意味があるとすれば生きる側が作るものだと説明される。出典:ラッセル「自由人の信仰」(『神秘主義と論理』江森巳之助訳・みすず書房)
02

どこで割れているか

一つめ 誰かの意図によるのか、意図なしに起こるのか

一神教はすべて、神が意図して創ったと答えます。インドに始まる系統は、意図ではなく自分の行いの結果として生じると答えます。同じ「理由がある」でも、理由の置き場所が正反対です。片方は外に、もう片方は自分の過去にあります。

二つめ 目的は先にあるのか、後から作るのか

目的が先に与えられているとする側に、一神教と神智学と現代スピリチュアルが並びます。与えられていないとする側には、実存主義・唯物論・スピノザ・進化生物学が並びます。出自はまるで違うのに、同じ側に来ます。

三つめ 問いの立て方そのものを戻す立場がある

儒教・道教・禅・ハイデガーは、答えを出すかわりに問いの向きを変えます。まだ生を知らないのだからと言い、問うこと自体が作為だと言い、すでに欠けていないと言い、投げ入れられているところから始めよと言う。四つとも別の理由で、同じことをしています。

03

出典の確認状況

どこまで確かめたかを隠さないことが、引用される条件だと考えています。

出典使った箇所状況
創世記 1:2701節照会済
クルアーン 51:56/2:3001節照会済
ヘブライ人への手紙 9:2701節照会済
『論語』先進篇01節照会済
『荘子』至楽篇01節照会済
ウマースヴァーティ『タットヴァールタ・スートラ』01節照会済
イーシュヴァラクリシュナ『サーンキヤ・カーリカー』01節照会済
世親『唯識三十頌』/護法釈『成唯識論』01節照会済
『倶舎論』破我品に引かれた説01節照会済
『バルド・トドゥル』01節照会済
『グル・グラント・サーヒブ』01節照会済
カバラー文献(ギルグル)01節照会済
親鸞『教行信証』01節照会済
エピクロス『メノイケウス宛書簡』01節照会済
神智学協会(1875年創設)01節照会済
ムーディ『Life After Life』1975/AWARE研究01節照会済
相応部12.1・12.2(縁起の定型と分別)01節原文を確認
世親『阿毘達磨倶舎論』世間品(十二縁起・受生)01節照会済
道元『正法眼蔵』現成公案01節原文を確認
『古事記』上巻 天地初発(高御産巣日神・神産巣日神)01節原文を確認
プラトン『パイドン』72e〜77a/『メノン』81c〜86c(想起説)01節原文を確認
スピノザ『エチカ』第一部 付録(目的論批判)01節原文を確認
カント『道徳形而上学の基礎づけ』第二章(Ak. 4:429)01節原文を確認
ハイデガー『存在と時間』第29節(被投性)01節照会済
サルトル『実存主義とは何か』1946年01節照会済
ガザーリー『宗教諸学の再興』/ルーミー『マスナヴィー』01節照会済
ユング「心理療法と牧会の関係について」1932年(『心理学と宗教』村本詔司訳・人文書院)/フランクル『死と愛』第二章第一節「人生の意味」(霜山徳爾訳・みすず書房)01節章まで特定
柳田国男『先祖の話』1946年01節照会済
クライニー『アル・カーフィー』(10世紀)01節照会済
ギリシア教父(エイレナイオス以降)/カルヴァン『キリスト教綱要』1536年01節照会済
カンデルら『カンデル神経科学』第2版 2022年(原著第6版2021年)01節掲載誌・版元を確認
マイア「生物学における原因と結果」1961年01節掲載誌・版元を確認
プランク共同研究『Planck 2018 results VI』2020年01節掲載誌・版元を確認
サクライとナポリターノ『Modern Quantum Mechanics』第3版 2020年 1章4節01節掲載誌・版元を確認
ラッセル「自由人の信仰」(『神秘主義と論理』江森巳之助訳・みすず書房)01節章まで特定
系譜「引き寄せ・波動はどこから来たか」(刊行年と版元をつけた一覧)01節系譜のページに集約
ヴィタル『シャアル・ハ・ギルグリーム』(16世紀・ツファット)01節章節を特定
エピクテトス『語録』3巻24章94節・2巻5章13節(全体の一部分)01節章節を特定
『自省録』01節章節を特定
ウパニシャッド01節章節を特定
『バガヴァッド・ギーター』01節章節を特定
世親『唯識三十頌』(玄奘訳)01節章節を特定
浄土三部経01節章節を特定
『老子』01節章節を特定
新約聖書01節章節を特定
デカルト『省察』01節章節を特定
H・P・ブラヴァツキー『The Secret Doctrine』全2巻 1888年01節章節を特定