供養、祈り、墓参り、追悼。世界の宗教・哲学・科学・現代の言説が、死んだ人と遺された人のあいだに何があると述べてきたかを並べます。正しい・正しくないの判定はしません。並び順は成立の古い順で、意味はありません。
同じ名前の宗教でも、この問いでは答えが割れます。割れているところまで降りて書きます。割れていないところは割りません。一つの答えは六十字前後にそろえてあり、資料の多い立場ほど長くなることがないようにしています。
禅(道元)の欄は、道元自身の側に立って書いています。いっぽう曹洞宗の現在の公式の説明では、葬儀は「あの世へ旅立つための儀式でもあり」とされています。研究の側からは、道元らは自らの仏法を葬祭として位置づけておらず、禅宗の葬法は宋代の『禅苑清規』にはじまり、日本では後代に整えられたと指摘されています(石川力山「中世禅宗と葬送儀礼」『印度學佛教學研究』35巻2号 1987年)。同じ名前のなかで、開祖の言葉と後代の儀礼が食い違う例です。どちらを「禅の答え」と見るかは、読む側にゆだねます。
この二つの欄は、同じ神道のなかで正面から食い違って見えます。古典神話は大岩で行き来が絶たれた由来を語り、祖霊の観念では盆に死者が帰ってきます。この食い違いをどう見るかで、学説が分かれています。黄泉と、祖霊がとどまる山とをひと続きに見る説(谷口雅博・國學院大學)と、記紀の神話と古代の民間の信仰は別の位相にあるとする説(酒井陽『日本文化論叢』第2号 2001年)があります。どちらかに寄せずに、両方を並べたまま置きます。
祈りや供養が死者に届くとする立場と、届かないとする立場に、まず分かれます。届くとする側には、儒教・カトリック・正教・チベット・浄土教・上座部が並びます。届かないとする側には、ジャイナ教・プロテスタント・シク教・エピクロスが並びます。出自がまったく違う立場が、同じ側に来ます。
届かないという答えは、一つに見えて中身が違います。ジャイナ教は解脱した魂が世界に関わらないから、プロテスタントは人と神のあいだに仲介を置かないから、エピクロスと唯物論は相手がもう存在しないからです。同じ結論に、三つの別の道筋があります。
神道の祖霊の観念のように、教義として定められていないのに、行事の形で受け継がれてきたものがあります。この問いでは、教義の有無と、実際に営まれている行いが一致しません。他の問いより、ここが目立ちます。
この節は、読者に見える形で置いています。どこまで確かめたかを隠さないことが、引用される条件だと考えています。「照会済」は原典まで確認が取れたもの、「未確認」はこれから当たるものです。
| 出典 | 使った箇所 | 状況 |
|---|---|---|
| シュラーッダ/『マヌ法典』(前2世紀〜後2世紀) | 01節 | 照会済 |
| 『餓鬼事経』ティロークッダ経(功徳の回向) | 01節 | 照会済 |
| 『ミリンダ王の問い』(回向が届く境涯の限定) | 01節 | 照会済 |
| 曇鸞『往生論註』/親鸞『教行信証』(往相・還相) | 01節 | 照会済 |
| 『バルド・トドゥル』(14世紀カルマ・リンパ) | 01節 | 照会済 |
| 『グル・グラント・サーヒブ』 | 01節 | 照会済 |
| 『論語』八佾篇 第12章(祭如在) | 01節 | 章まで特定 |
| 『荘子』至楽篇 | 01節 | 照会済 |
| 『古事記』上巻(黄泉比良坂・千引の石) | 01節 | 照会済 |
| カディッシュ(埋葬時以外は死者に触れない) | 01節 | 照会済 |
| カバラー文献(ギルグル) | 01節 | 照会済 |
| 聖徒の交わり/第二マカバイ記 12:45 | 01節 | 節まで特定 |
| パニヒダ(ギリシャではパラスタス)/「永遠の記憶」 | 01節 | 照会済 |
| 聖者廟参詣(ズィヤーラ) | 01節 | 照会済 |
| カント『視霊者の夢』1766年 | 01節 | 年まで特定 |
| ユング『死者への七つの語らい』1916年 | 01節 | 年まで特定 |
| プラトン『パイドン』 | 01節 | 照会済 |
| エピクロス『メノイケウス宛書簡』124〜125節 | 01節 | 節まで特定 |
| スピノザ『エチカ』第五部 定理23 | 01節 | 定理まで特定 |
| ハイデガー『存在と時間』第二篇第一章(第46〜53節) | 01節 | 節まで特定 |
| イーシュヴァラクリシュナ『サーンキヤ・カーリカー』 | 01節 | 照会済 |
| 世親『唯識三十頌』/護法釈『成唯識論』 | 01節 | 照会済 |
| 『阿毘達磨倶舎論』/破我品 | 01節 | 照会済 |
| 道元『正法眼蔵』生死巻 | 01節 | 照会済 |
| 神智学協会(1875年創設)/ブラヴァツキーの著作 | 01節 | 照会済 |
| ムーディ『Life After Life』1975/AWARE研究 | 01節 | 照会済 |
| 『昭和修訂曹洞宗行持軌範』(曹洞宗宗務庁1988年)/石川力山「中世禅宗と葬送儀礼」『印度學佛教學研究』35巻2号 1987年 | 01節 | 論文は全文を確認・軌範は目次が非公開のため間接確認 |
| 柳田国男『先祖の話』1946年(盆・彼岸) | 01節 | 照会済 |
| カルヴァン『キリスト教綱要』1536年/新約聖書 | 01節 | 照会済 |
| クルアーン/サヒーフ・ムスリム 1631(遺言の書) | 01節 | 照会済 |
| イブン・クーラワイフ『カーミル・アッ・ズィヤーラート』(10世紀) | 01節 | 照会済 |
| デカルト『省察』1641年 | 01節 | 照会済 |
| サルトル『存在と無』1943年/カミュ『シーシュポスの神話』1942年 | 01節 | 照会済 |
| フランクル『意味への意志』(山田邦男監訳・春秋社2002年)Ⅱ 時間と責任 | 01節 | 章節まで特定 |
| ウマースヴァーティ『タットヴァールタ・スートラ』10章5節(解脱した魂はローカの頂へ上昇する) | 01節 | 章節まで特定 |
| 『バガヴァッド・ギーター』8章5節 | 01節 | 原文を確認 |
| カンデルら『カンデル神経科学』第2版 2022年(原著第6版2021年) | 01節 | 掲載誌・版元を確認 |
| フツイマとカークパトリック『Evolution』第5版 2022年 | 01節 | 掲載誌・版元を確認 |
| プランク共同研究『Planck 2018 results VI』2020年 | 01節 | 掲載誌・版元を確認 |
| サクライとナポリターノ『Modern Quantum Mechanics』第3版 2020年 1章4節 | 01節 | 掲載誌・版元を確認 |
| ラッセル『宗教は必要か』第4編「死後も生存するか」(大竹勝訳・荒地出版社) | 01節 | 章まで特定 |
| 系譜「引き寄せ・波動はどこから来たか」(刊行年と版元をつけた一覧) | 01節 | 系譜のページに集約 |
| 届く境涯の限定は『ミリンダ王の問い』 | 01節 | 章節を特定 |
| 『ゾーハル』サバ・デ・ミシュパティーム(II 94b〜114a) | 01節 | 章節を特定 |
| エピクテトス『語録』3巻24章27節・87〜88節(権内にないもの) | 01節 | 章節を特定 |
| 『自省録』 | 01節 | 章節を特定 |
| シュラーッダ(祖先供養) | 01節 | 章節を特定 |
| 『倶舎論』破我品に引かれた説 | 01節 | 章節を特定 |
| 世親『唯識三十頌』(玄奘訳) | 01節 | 章節を特定 |
| 曇鸞『往生論註』(往相・還相) | 01節 | 章節を特定 |
| 石川力山「中世禅宗と葬送儀礼」1987年 | 01節 | 章節を特定 |
| ミシュナ(200年頃) | 01節 | 章節を特定 |
| バビロニア・タルムード | 01節 | 章節を特定 |
| 聖徒の交わり(旧訳・諸聖人の通功) | 01節 | 章節を特定 |
| 末尾に「永遠の記憶」 | 01節 | 章節を特定 |
| サドゥーク『イーティカーダート』第21章 | 01節 | 章節を特定 |
| H・P・ブラヴァツキー『The Secret Doctrine』全2巻 1888年 | 01節 | 章節を特定 |
| AWARE研究 2008〜2014 | 01節 | 章節を特定 |