欲しいと思う気持ちを、満たしていくべきなのか。それとも減らしていくべきなのか。減らす側に立つ立場、否定しない立場、種類を分けて扱う立場、問いを立てない立場があります。同じ体裁で並べます。判定はしません。
並びは成立の古い順で、順位ではありません。一つの答えは同じ長さにそろえてあります。資料の多い立場ほど長くはなりません。
減らす側に、上座部・ジャイナ教・ストア派・老荘が並びます。上座部は渇きこそが苦の因だとし、ジャイナ教は山ほどの金銀があっても貪る者を満たしはしないと述べます。一方で、否定しない側も少なくありません。ユダヤ教は許されたものを味わわなかったことにも申し開きが要るとし、シク教は世を捨てません。イスラムは断食を定めながら、極端な禁欲は戒めます。
エピクロスは三つに分けました。自然で必要なもの、自然だが必要でないもの、自然でも必要でもないものです。減らすか満たすかを一律に決めず、種類ごとに扱いを変える形です。荀子は、礼は欲を滅ぼすためではなく養うために作られたと述べます。全部を減らすのでも、全部を満たすのでもない立て方が、離れた場所で現れています。
フランクルは、満たすことを目的にすると遠のくとしました。禅は減らすか満たすかを問わず、いま食べるという所作そのものへ問いを戻します。カントは、欲を満たすことからは道徳の基準は出てこないとしました。欲を敵にも味方にもせず、別の軸へ移す答え方です。
神経科学は、強く求めることと、実際に快を感じることが別々の仕組みによると説明します。強く求めていても快が伴うとは限らず、逆もあります。この区別は、古い伝統が「求めても満たされない」と述べてきたことと形が重なって見えます。ただし、同じことを言っているわけではありません。前者は仕組みの説明で、後者は生き方の指針です。
出典=ベリッジとロビンソン『Brain Research Reviews』28巻 1998年/ネス『王立協会哲学紀要B』359巻 2004年
人は、目で見ながら食べなかったものすべてについて、
申し開きをすることになる。
禁じられたものを食べたことではなく、許されていたのに味わわなかったことが問われる、という形です。続けて、あるラビはこれを重んじて、年に一度は各種の食物を味わうために銭を蓄えたと記されます。
笑い、遊び、装い、食べながら、その只中で解脱する。
『グル・グラント・サーヒブ』522ページ同じ書物が、色欲・怒り・貪欲・執着・高慢を「五人の盗人」として退けています。退けることと、世を捨てることは別だという立て方です。
礼はどこから起こったか。人は生まれながらに欲がある。欲して得られなければ、求めずにいられない。
求めて限りがなければ争う。争えば乱れる。先王はその乱れを憎んだ。
ゆえに礼義を制めて分を定め、人の欲を養い、人の求めに給したのである。
礼は欲を抑えつけるためのものだと読まれがちですが、原文は「養い、給する」と書いています。欲があること自体を前提に置いたうえで、争いにならない形を作る、という理路です。
この節は、読者に見える形で置いています。どこまで確かめたかを隠さないことが、引用される条件だと考えています。
| 出典 | 使った箇所 | 状況 |
|---|---|---|
| シャンカラ『ブラフマ・スートラ註解』序論 | 01節 | 照会済 |
| イーシュヴァラクリシュナ『サーンキヤ・カーリカー』(4〜5世紀) | 01節 | 照会済 |
| 『マヌ法典』2章224節(三つ組) | 01節 | 照会済 |
| 『ウッタラーディヤヤナ・スートラ』9章48〜49節 | 01節 | 照会済 |
| 『タットヴァールタ・スートラ』7章1節 | 01節 | 照会済 |
| 相応部56.11(転法輪経・三種の渇愛) | 01節 | 照会済 |
| 世親『阿毘達磨倶舎論』分別界品 | 01節 | 照会済 |
| 『倶舎論』破我品に引かれた説 | 01節 | 照会済 |
| 世親『唯識三十頌』(玄奘訳) | 01節 | 照会済 |
| 護法釈『成唯識論』 | 01節 | 照会済 |
| 親鸞『教行信証』 | 01節 | 照会済 |
| 唯円編『歎異抄』第三条 | 01節 | 照会済 |
| 道元『正法眼蔵』現成公案 | 01節 | 照会済 |
| 『典座教訓』1237年 | 01節 | 照会済 |
| シャーンティデーヴァ『入菩薩行論』(700年頃) | 01節 | 照会済 |
| 『グル・グラント・サーヒブ』522ページ | 01節 | 照会済 |
| 600ページ(五つの悪) | 01節 | 照会済 |
| 『荀子』礼論篇 | 01節 | 照会済 |
| 『論語』顔淵篇 第1章(克己復礼) | 01節 | 照会済 |
| 『老子』第三十三章・第四十六章 | 01節 | 照会済 |
| 『延喜式』巻第八 祝詞(大祓詞) | 01節 | 照会済 |
| 柳田国男『先祖の話』1946年 | 01節 | 照会済 |
| エルサレム・タルムード キドゥシン篇4章12節 | 01節 | 照会済 |
| 『ゾーハル』(1280年代・邦訳 法政大学出版局2012年) | 01節 | 照会済 |
| 『カトリック教会のカテキズム』1809・1866(七つの罪源) | 01節 | 照会済 |
| グレゴリオス・パラマス(本質とエネルゲイアの区別) | 01節 | 照会済 |
| カルヴァン『キリスト教綱要』1536年 | 01節 | 照会済 |
| クルアーン 2章183節 | 01節 | 照会済 |
| サヒーフ・ブハーリー 5063 | 01節 | 照会済 |
| クライニー『アル・カーフィー』(10世紀) | 01節 | 照会済 |
| ガザーリー『宗教諸学の再興』 | 01節 | 照会済 |
| プラトン『国家』第四巻441c〜444e | 01節 | 照会済 |
| エピクロス『メノイケウス宛書簡』127〜128節 | 01節 | 照会済 |
| 『主要教説』29 | 01節 | 照会済 |
| ディオゲネス・ラエルティオス『ギリシア哲学者列伝』第七巻110〜113節 | 01節 | 照会済 |
| エピクテトス『提要』第2章 | 01節 | 照会済 |
| デカルト『情念論』1649年 第148項 | 01節 | 照会済 |
| スピノザ『エチカ』第三部 定理9 備考 | 01節 | 照会済 |
| カント『道徳形而上学の基礎づけ』第二章(Ak. 4:421) | 01節 | 照会済 |
| ハイデガー『存在と時間』1927年 | 01節 | 照会済 |
| サルトル『実存主義とは何か』1946年 | 01節 | 照会済 |
| ユング『自我と無意識の関係』第二部「個性化」(野田倬訳・人文書院) | 01節 | 照会済 |
| フランクル『それでも人生にイエスと言う』Ⅰ(山田邦男・松田美佳訳・春秋社1993年) | 01節 | 照会済 |
| ベリッジとロビンソン『Brain Research Reviews』28巻 1998年 | 01節 | 照会済 |
| ネス『王立協会哲学紀要B』359巻 2004年 | 01節 | 照会済 |
| プランク共同研究『Planck 2018 results VI』2020年 | 01節 | 照会済 |
| サクライとナポリターノ『Modern Quantum Mechanics』第3版 2020年 1章4節 | 01節 | 照会済 |
| H・P・ブラヴァツキー『The Secret Doctrine』全2巻 1888年 | 01節 | 照会済 |
| 系譜「引き寄せ・波動はどこから来たか」 | 01節 | 照会済 |
| AWARE研究 2008〜2014 | 01節 | 照会済 |
| ラッセル「自由人の信仰」(『神秘主義と論理』江森巳之助訳・みすず書房) | 01節 | 照会済 |