行き先を、世界の宗教・哲学・科学・現代の言説がどこに置いてきたかを並べます。場所として描くのか、状態として語るのか、そもそも置かないのか。正しい・正しくないの判定はしません。並び順は成立の古い順で、意味はありません。
同じ名前の宗教でも、この問いでは答えが割れます。割れているところまで降りて書きます。割れていないところは割りません。一つの答えは六十字前後にそろえてあり、資料の多い立場ほど長くなることがないようにしています。
「三十一の境涯」という数え上げは、経典にはありません。パーリの経典が説くのは、五つの行き先(地獄・畜生・餓鬼・人・天)や、七つの識の住処と二つの処、九つの有情の居どころといった枠です。三十一という形にまとめたのは後代のアビダンマで、十一〜十二世紀の『アビダンマッタ・サンガハ』が標準の典拠になります。しかもその本文にも「三十一」という数字は書かれておらず、四つの区分を足すと三十一になる、という形です。ブッダゴーサ『清浄道論』も、この分類を用いていません。上の欄は、この体系にもとづいて書いています。
上の欄で黄泉を「地の下」と書きましたが、『古事記』の本文に地下だと明示した記述はないという指摘があります。谷口雅博(國學院大學)は、死者が山に葬られたことなどから黄泉は山中にあったと考えられるとし、この見方では黄泉と、下の欄の祖霊がとどまる山とはひと続きになります。いっぽう、記紀の黄泉と古代の民間の信仰は別の位相にあるとする説もあります(酒井陽『日本文化論叢』第2号 2001年)。二つの欄を分けて置いていますが、分かれているのか続いているのかは、まだ定まっていません。どちらで読むかは、読む側にゆだねます。
細かい地誌を持つ側と、位置を置かない側に分かれます。場所として描くのは、説一切有部・ジャイナ教・イスラム教・神智学。庭や川や段階が具体的に出てきます。状態として語るのは、シク教・カバラー・正教・唯識。上と下は位置ではなく、神への近さや心のありようを指します。
一神教では、行き先は終点として置かれます。インドに始まる系統では、天界も地獄も一時の滞在先で、業が尽きればまた移ります。上座部が数える三十一の境涯には天界も地獄も入っていますが、目指されるのはそのどれでもなく、三十一の外です。
行き先が必ず賞罰の場だとは限りません。ヘブライ語聖書の古い層では、善人も悪人も等しく同じ陰の場所へ降ります。日本の黄泉と常世も、賞罰の場としては描かれません。賞罰が結びつくのは後の時代の重ね書きで、はじめからではない——この問いでは、それがはっきり出ます。
この節は、読者に見える形で置いています。どこまで確かめたかを隠さないことが、引用される条件だと考えています。
| 出典 | 使った箇所 | 状況 |
|---|---|---|
| 三十一の境涯(欲界11・色界16・無色界4) | 01節 | 内訳まで確認 |
| 『阿弥陀経』「從是西方過十万億佛土」 | 01節 | 原文を確認 |
| シェオル(ヘブライ語聖書に65回・賞罰と結びつかない) | 01節 | 用例数まで確認 |
| 正教における地獄の理解(神を愛せないことの苦しみ) | 01節 | 照会済 |
| 『阿毘達磨倶舎論』世間品/破我品 | 01節 | 照会済 |
| ジャイナ宇宙論(ロカ・シッダシラー) | 01節 | 照会済 |
| 世親『唯識三十頌』/護法釈『成唯識論』 | 01節 | 照会済 |
| 『バルド・トドゥル』 | 01節 | 照会済 |
| 『グル・グラント・サーヒブ』 | 01節 | 照会済 |
| 『論語』先進篇・八佾篇 第12章 | 01節 | 章まで特定 |
| 『荘子』至楽篇 | 01節 | 照会済 |
| 『古事記』上巻(黄泉・常世) | 01節 | 照会済 |
| イーシュヴァラクリシュナ『サーンキヤ・カーリカー』 | 01節 | 照会済 |
| エピクロス『メノイケウス宛書簡』124〜125節 | 01節 | 節まで特定 |
| スピノザ『エチカ』第五部 | 01節 | 照会済 |
| カント『実践理性批判』/『視霊者の夢』1766年 | 01節 | 照会済 |
| ハイデガー『存在と時間』第二篇第一章(第46〜53節) | 01節 | 節まで特定 |
| 道元『正法眼蔵』 | 01節 | 照会済 |
| 神智学協会(カーマローカ/デヴァチャン) | 01節 | 照会済 |
| ムーディ『Life After Life』1975/AWARE研究 | 01節 | 照会済 |
| プラトン『国家』第十巻614a〜621d(エルの物語) | 01節 | 原文を確認 |
| タイザー『Reinventing the Wheel』2006年(輪廻図の典拠は根本説一切有部律) | 01節 | 研究書を特定 |
| 『カトリック教会のカテキズム』1023〜1037(天国・煉獄・地獄) | 01節 | 原文を確認 |
| クルアーン 55章46節以下・56章27〜56節(楽園と業火) | 01節 | 原文を確認 |
| サドゥーク『イーティカーダート』第21章(取り次ぎ) | 01節 | 章まで特定 |
| ルーミー『マスナヴィー』 | 01節 | 照会済 |
| 『バーガヴァタ・プラーナ』第三巻15章 | 01節 | 照会済 |
| 柳田国男『先祖の話』1946年(山中他界) | 01節 | 照会済 |
| ユング「チベットの死者の書の心理学」1935年(『東洋的瞑想の心理学』創元社) | 01節 | 章まで特定 |
| カミュ『シーシュポスの神話』1942年 | 01節 | 照会済 |
| デカルト『省察』1641年 | 01節 | 照会済 |
| フランクル『死と愛』第二章第一節「人生の意味」(霜山徳爾訳・みすず書房) | 01節 | 章まで特定 |
| カンデルら『カンデル神経科学』第2版 2022年(原著第6版2021年) | 01節 | 掲載誌・版元を確認 |
| フツイマとカークパトリック『Evolution』第5版 2022年 | 01節 | 掲載誌・版元を確認 |
| プランク共同研究『Planck 2018 results VI』2020年 | 01節 | 掲載誌・版元を確認 |
| サクライとナポリターノ『Modern Quantum Mechanics』第3版 2020年 1章4節 | 01節 | 掲載誌・版元を確認 |
| ラッセル『宗教は必要か』第4編「死後も生存するか」(大竹勝訳・荒地出版社) | 01節 | 章まで特定 |
| 系譜「引き寄せ・波動はどこから来たか」(刊行年と版元をつけた一覧) | 01節 | 系譜のページに集約 |
| 『ゾーハル』I 81a(ネフェシュ・ルアハ・ネシャマー) | 01節 | 章節を特定 |
| エピクテトス『語録』3巻13章14〜15節(ハデスもアケロンも無い) | 01節 | 章節を特定 |
| 『自省録』 | 01節 | 章節を特定 |
| ウパニシャッド | 01節 | 章節を特定 |
| 『バガヴァッド・ギーター』 | 01節 | 章節を特定 |
| 『アビダンマッタ・サンガハ』第5章(欲界11・色界16・無色界4) | 01節 | 章節を特定 |
| 『倶舎論』破我品に引かれた説 | 01節 | 章節を特定 |
| 世親『唯識三十頌』(玄奘訳) | 01節 | 章節を特定 |
| シェオル(ヘブライ語聖書に65回) | 01節 | 章節を特定 |
| 来るべき世 | 01節 | 章節を特定 |
| 新約聖書 | 01節 | 章節を特定 |
| カルヴァン『キリスト教綱要』1536年 | 01節 | 章節を特定 |
| ガザーリー『宗教諸学の再興』 | 01節 | 章節を特定 |
| 『パイドン』 | 01節 | 章節を特定 |