この立場が、それぞれの問いに何と答えているかを縦に読みます。文はいずれも問いのページから取ったもので、書き直していません。
死後があるかを判定しない。ただし、死をどう受けとめるかという像を人が持つこと自体に、心の働きとしての意味があると論じた。出典:ユング『思い出・夢・思想』(ヤッフェ編・1962年)
死者との対話を、外の相手との交信としてではなく、心の深いところで起きる出来事として記述した。真偽の判定は避けている。出典:ユング『死者への七つの語らい』1916年(私家版・『赤の書』草稿の末尾)
先在を判定しない。ただし前の生という観念が世界中に繰り返し現れることを、心の働きとして重く見た。出典:ユング「チベットの死者の書の心理学」1935年(『東洋的瞑想の心理学』創元社)
外に得た評価と、心の全体がつながることを分けて考えた。前者だけでは足りないと繰り返し述べている。出典:ユング『自我と無意識の関係』第二部「個性化」(野田倬訳・人文書院)
届くかどうかは判定しない。祈るという行いが心にもたらす働きのほうを、観察できる事実として重く受けとめた。出典:ユング『元型論』Ⅰ「集合的無意識の概念」(林道義訳・紀伊國屋書店)
意識の下により広い層があるとした。個人の枠を越えて共有される層まで含めて、心が考えられている。出典:ユング『元型論』Ⅰ「集合的無意識の概念」(林道義訳・紀伊國屋書店)
他者に見えるものが、自分の遠ざけた部分の映しである場合があるとした。関わりが、自分を知る道になる。出典:ユング『自我と無意識の関係』第二部「個性化」(野田倬訳・人文書院)
決まっているかは判定しない。ただし人が定めという像を持つこと自体を、心の働きとして重く見ている。出典:ユング『元型論』Ⅰ「集合的無意識の概念」(林道義訳・紀伊國屋書店)
判定を避けた。ただし生まれ変わりの観念が世界中に繰り返し現れること自体を、心の働きとして重く受けとめている。出典:ユング「チベットの死者の書の心理学」1935年(『東洋的瞑想の心理学』創元社)
欲を抑え込むだけでは足りないとした。遠ざけた部分をどう引き受けるかのほうを、課題として置いている。出典:ユング『自我と無意識の関係』第二部「個性化」(野田倬訳・人文書院)
意識の私のほかに、より広い層があるとした。個人の枠を越えて共有される層まで含めて、私が考えられている。出典:ユング『元型論』Ⅰ「集合的無意識の概念」(林道義訳・紀伊國屋書店)
神が在るかどうかは判定しない。ただし神という像が人の心に繰り返し現れることを、事実として扱った。出典:ユング『ヨブへの答え』(林道義訳・みすず書房1988年)
幸せを目標として置かない。心の全体がつながっていく過程のほうに、重心が置かれている。過程のほうが重く見られている。出典:ユング『自我と無意識の関係』第二部「個性化」(野田倬訳・人文書院)
生きることは、意識と、その下にある広い層とを結び直していく過程として捉えられている。意味はその結び目に現れる。出典:ユング『自我と無意識の関係』第二部「個性化」(野田倬訳・人文書院)
心の深い層が、世界の受け取り方を形づくるとした。ただし世界そのものを作るとは述べておらず、受け取る側の話に留めている。出典:ユング『元型論』Ⅰ「集合的無意識の概念」(林道義訳・紀伊國屋書店)
外の成功と、心の全体がつながることを分けて考えた。前者だけでは足りないと繰り返し述べている。外の達成だけでは足りない。出典:ユング『自我と無意識の関係』第二部「個性化」(野田倬訳・人文書院)
心には、直線に進む時とは別の秩序があるとした。意味のある偶然の一致を、そこから捉えようとしている。出典:ユングとパウリ『自然現象と心の構造』(河合隼雄・村上陽一郎訳・海鳴社1976年)
宇宙論を立てない。ただし人が宇宙に秩序を読み取ろうとすること自体を、心の働きとして重く見た。読み取る側が観察される。出典:ユングとパウリ『自然現象と心の構造』(河合隼雄・村上陽一郎訳・海鳴社1976年)
天国と地獄の像を、心の深いところから繰り返し現れる形として扱った。実在するかどうかの判定には踏み込んでいない。出典:ユング「チベットの死者の書の心理学」1935年(『東洋的瞑想の心理学』創元社)
善悪を判定しない。ただし人が影として遠ざけた部分をどう引き受けるかを、心の課題として重く見ている。出典:ユング『元型論』Ⅰ「集合的無意識の概念」(林道義訳・紀伊國屋書店)
目的の判定は避ける。ただし人が生の意味を求めること自体を、心の深いところから来る働きとして重く受けとめている。出典:ユング「心理療法と牧会の関係について」1932年(『心理学と宗教』村本詔司訳・人文書院)
苦しみを取り除くべきものとしてだけ扱わない。心が向きを変えるときに現れるものとしても見ている。出典:ユング「心理療法と牧会の関係について」1932年(『心理学と宗教』村本詔司訳・人文書院)