この立場が、それぞれの問いに何と答えているかを縦に読みます。文はいずれも問いのページから取ったもので、書き直していません。
魂は輪廻を重ねるとされる。神の名を絶えず念じ、働きながら日々の務めを果たすことによって輪廻を離れ、神と一つになることが目指される。出典:『グル・グラント・サーヒブ』(第5代グル・アルジャン編纂)
儀礼によって死者に働きかけることを退ける。生者がなすべきは神の名を念じることであり、そこに死者の仲介は置かれない。出典:『グル・グラント・サーヒブ』(第5代グル・アルジャン編纂)
魂は幾度もの生を経てきたとされる。人として生まれたことが、得がたい機会として重く受けとめられる。出典:『グル・グラント・サーヒブ』
名を残すことより、神の名を念じることが説かれる。人の名声は、そこでは前に置かれないことになる。出典:『グル・グラント・サーヒブ』1245ページ(三つの務め)
神の名を念じることが、三つの務めの一つに数えられる。願うことよりも、憶えていることに重心が置かれる。出典:『グル・グラント・サーヒブ』1245ページ(三つの務め)
起源を主題としない。神の名を念じ、暮らしのなかで果たすことのほうに、はっきり重心が置かれている。出典:『グル・グラント・サーヒブ』1245ページ(三つの務め)
この世で奉仕をせよと説かれる。誰でも同じ場で同じものを食べる共同の食事が、形として続いている。出典:『グル・グラント・サーヒブ』26ページ(奉仕)/967ページ(共同の食事)
神の命によって世界は在るとされる。そのうえで、正直に働き分かち合うことが、人の側の務めとされる。出典:『グル・グラント・サーヒブ』1245ページ(三つの務め)
ある。多くの生を経てようやく人の身を得たとされる。この生のうちに神と結ばれれば、繰り返しを離れられると説かれる。出典:『グル・グラント・サーヒブ』
笑い、遊び、装い、食べながら、その只中で解脱すると語られる。五つの悪は退けるが、世は捨てない。出典:『グル・グラント・サーヒブ』522ページ/600ページ(五つの悪)
私は神の光を分かち持つとされる。自我へのとらわれが、そのことを見えなくしていると繰り返し説かれている。出典:『グル・グラント・サーヒブ』
神は一つで、形を持たず、造り主であるとされる。像を作らず、その名を絶えず念じることが中心になる。出典:『グル・グラント・サーヒブ』(イク・オンカール)
幸せは、神の意志を受け入れたところに現れるとされる。境遇そのものによるのではないとされる。受け入れることが鍵になる。出典:『グル・グラント・サーヒブ』
働き、分かち合い、神の名を念じる。世を捨てずに、暮らしのなかで生きることが道とされている。世を捨てないことが説かれる。出典:『グル・グラント・サーヒブ』1245ページ(三つの務め)
世界は神の命によって在るとされる。人の心が作るのではなく、真理として在るものが認められている。出典:『グル・グラント・サーヒブ』
働いて得ることを否定しない。ただし、分かち合うことと結ばれてはじめて意味を持つとされる。分かち合いと結ばれて意味を持つ。出典:『グル・グラント・サーヒブ』
時は神の命のうちに在るとされる。人の側からその長さを測りきることはできないと繰り返し語られる。出典:『グル・グラント・サーヒブ』
宇宙は神の命令ひとつによって生じたとされる。数えきれない世界があると語られ、一つに限られない。数の多さが繰り返し語られる。出典:『グル・グラント・サーヒブ』
天国と地獄を場所として置かない。神から離れている状態と、神と結ばれている状態として語られ、いま現に問われるものとされる。出典:『グル・グラント・サーヒブ』
正直に働き、分かち合い、神の名を念じることが道とされる。暮らしのなかで果たすことに重心が置かれる。出典:『グル・グラント・サーヒブ』1245ページ(三つの務め)
多くの生を経てようやく得た人の身であり、神と結ばれるための機会として与えられたものだと説かれている。出典:『グル・グラント・サーヒブ』
苦も楽も、ともに神から来るものとして受け取られる。どちらにも動かされないことが目指される態度になる。出典:『グル・グラント・サーヒブ』