立場 / 信仰を持たない立場

唯物論・無神論

この立場が、それぞれの問いに何と答えているかを縦に読みます。文はいずれも問いのページから取ったもので、書き直していません。

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問いごとの答え(23件)

死んだらどうなるのか

意識は身体の働きであり、身体が終われば意識も終わる。死後の状態は存在しないとされる。恐れるべきものも、期待すべきものもない。出典:ラッセル『宗教は必要か』第4編「死後も生存するか」(大竹勝訳・荒地出版社)

死者と生者はつながれるのか

死とともに人は終わるので、つながる相手が残らない。遺された者の側に残る記憶と影響が、すべてだとされる。出典:ラッセル『宗教は必要か』第4編「死後も生存するか」(大竹勝訳・荒地出版社)

生まれる前の私はいたのか

前は無いとされる。私は身体が組み上がったところに現れるものであり、それ以前は存在しないとされる。出典:ラッセル『宗教は必要か』第4編「死後も生存するか」(大竹勝訳・荒地出版社)

名を残すことに意味はあるのか

残るのは他者の記憶と影響だけだとされる。本人にとっては、そこに何も残らないという位置に立つ。出典:ラッセル『宗教は必要か』第4編「死後も生存するか」(大竹勝訳・荒地出版社)

祈りは届くのか

届く相手がいないとされる。祈りは祈る側に起きる出来事であり、外に効き目を持つものではないとされる。出典:ラッセル『宗教は必要か』第4編「死後も生存するか」(大竹勝訳・荒地出版社)

意識はどこから来るのか

意識は脳のはたらきであり、それ以外の何かではないとされる。特別な材料を持ち出す必要は無いとされる。出典:デネット『解明される意識』(山口泰司訳・青土社1998年)

他者とどう関わるのか

関わり方の基準は、外から与えられたものではないとされる。人が定め、人が引き受けるものだと説明される。出典:ラッセル「自由人の信仰」(『神秘主義と論理』江森巳之助訳・みすず書房)

運命は決まっているのか

定める者はいないとされる。ただし世界に法則がある以上、選択がどこまで自由かは議論が続いている。出典:ラッセル「自由人の信仰」(『神秘主義と論理』江森巳之助訳・みすず書房)

臨死体験は何を示すのか

脳が停止しつつある過程で生じる体験であり、死後の世界が在ることを示すものではないとされる。説明は身体の側で足りるとする。出典:ブラックモア『生と死の境界』(原著1993年)

生まれ変わりはあるのか

認めない。死とともに人は終わり、繰り返す主体が残らないとされる。前の生の記憶は別の説明が求められる。出典:ラッセル『宗教は必要か』第4編「死後も生存するか」(大竹勝訳・荒地出版社)

欲は満たすべきか、減らすべきか

欲は身体の仕組みから生じるとされる。外から与えられた基準で測るものではない、という位置に立つ。出典:ラッセル「自由人の信仰」(『神秘主義と論理』江森巳之助訳・みすず書房)

私とは何か

私は身体のはたらきであり、それ以外の何かではないとされる。身体が終われば私も終わる、という位置に立つ。出典:ラッセル『宗教は必要か』第4編「死後も生存するか」(大竹勝訳・荒地出版社)

神とは何か

神は存在しないとされる。世界は神を持ち出さずに説明できる、という位置に立って組み立てられていく。出典:ドーキンス『神は妄想である』第4章(垂水雄二訳・早川書房2007年)

幸せとは何か

幸せは、脳と身体と環境の条件から生じる状態とされる。与えられた意味は、そこに置かれない。条件の産物として説明される。出典:ラッセル「自由人の信仰」(『神秘主義と論理』江森巳之助訳・みすず書房)

生きるとは何か

生きることに、あらかじめの意味は無いとされる。意味は、生きている側が作るものだと説明される。作ることが生きることになる。出典:ラッセル「自由人の信仰」(『神秘主義と論理』江森巳之助訳・みすず書房)

現実は心が作るのか

現実は心とは別に在るとされる。心のほうが、身体という物質のはたらきとして説明される側に置かれる。出典:ラッセル『宗教は必要か』第4編「死後も生存するか」(大竹勝訳・荒地出版社)

成功とは何か

成功は、人が決めた基準による評価とされる。世界の側に、その基準があるのではないとされる。世界の側に基準は無い。出典:ラッセル「自由人の信仰」(『神秘主義と論理』江森巳之助訳・みすず書房)

時間とは何か

時は物理の記述に現れる量であり、それ以上の何かではないとされる。特別な意味は置かれないままである。出典:ラッセル「自由人の信仰」(『神秘主義と論理』江森巳之助訳・みすず書房)

宇宙とは何か

宇宙は物質とエネルギーからなり、造った者はいないとされる。目的も、どこにも置かれてはいない。説明に、造った者を必要としない。出典:ワインバーグ『宇宙創成はじめの3分間』エピローグ(小尾信彌訳・ちくま学芸文庫)

天国・地獄・浄土はどこにあるのか

そうした場所は存在しないとされる。天国と地獄は人が作り伝えてきた像であり、なぜ作られたのかのほうが問われることになる。出典:ラッセル『宗教は必要か』第4編「死後も生存するか」(大竹勝訳・荒地出版社)

善悪はどこで決まるのか

世界の側に基準があるのではないとされる。善悪は人が決めたものであり、決めた側が引き受けるとされている。出典:ラッセル「自由人の信仰」(『神秘主義と論理』江森巳之助訳・みすず書房)

なぜ生まれてくるのか

目的は無いとされる。人が生じるのは自然の過程の結果であり、意味があるとすれば生きる側が作るものだと説明される。出典:ラッセル「自由人の信仰」(『神秘主義と論理』江森巳之助訳・みすず書房)

なぜ苦しみがあるのか

苦しみに理由はないとされる。誰かが与えたものではなく、世界にそう仕組まれているのでもないとされる。出典:ドーキンス『遺伝子の川』第4章「神の効用関数」(垂水雄二訳・草思社1995年)