この立場が、それぞれの問いに何と答えているかを縦に読みます。文はいずれも問いのページから取ったもので、書き直していません。
死から復活までの道筋は、スンナ派と同じ骨組みをとる。そのうえで、復活と裁きの場において、イマームによる執り成しがあると語られる点が異なる。出典:クルアーン/サドゥーク『イーティカーダート』第21章(取り次ぎ)
祈願に加えて、預言者の家系に連なる者への取り次ぎの願いが重んじられ、その墓所への参詣も広く行われている。出典:サドゥーク『イーティカーダート』第21章/イブン・クーラワイフ『カーミル・アッ・ズィヤーラート』(10世紀)
同じ節を受け取りながら、実際の出来事としてではなく、理性や生来の傾きとして読む注釈が多いとされる。出典:クライニー『アル・カーフィー』(10世紀)
同じ枠組みを共有する。加えて、殉じた者の名を記憶し悼むことに、大きな意味が置かれてきた点が異なる。出典:『ズィヤーラト・アーシューラー』(『カーミル・アッ・ズィヤーラート』所収)
同じ枠組みを共有する。加えて、預言者の家系に連なる者への取り次ぎの願いが重んじられてきた点が異なる。出典:サドゥーク『イーティカーダート』第21章(取り次ぎ)
同じ枠組みを共有する。加えて、導き手を通して知が保たれるという構えが置かれている点が異なる。出典:クライニー『アル・カーフィー』(10世紀)
同じ枠組みを共有する。加えて、導き手に連なる者への敬いが、人と人の関わりのなかに置かれている。出典:クライニー『アル・カーフィー』(10世紀)
同じ枠組みを共有する。加えて、導き手を通して定めがどう受け取られるかが語られてきた点が異なる。出典:クライニー『アル・カーフィー』(10世紀)
同じく認めない。死後の道筋の骨組みをスンナ派と共有しており、繰り返しを説く立場はとらない。異なるのは取り次ぎの扱いである。出典:クルアーン/サドゥーク『イーティカーダート』第21章(取り次ぎ)
同じ枠組みを共有する。加えて、悼むことや耐えることに、より積極的な意味が置かれてきた点が異なる。出典:クライニー『アル・カーフィー』(10世紀)
基本の枠組みはスンナ派と共有する。加えて、導き手との結びつきが、自分が何者かを定める要素として置かれる。出典:クルアーン/クライニー『アル・カーフィー』(10世紀)
同じ唯一の神を立てる。加えて、導き手を通して神の教えが保たれるという枠組みが置かれている点が異なる。出典:クルアーン/クライニー『アル・カーフィー』(10世紀)
同じ枠組みを共有する。加えて、導き手への愛と、悼むことのうちにも意味が置かれてきた。悼むことにも意味が置かれてきた。出典:クルアーン/クライニー『アル・カーフィー』(10世紀)
同じ枠組みを共有する。加えて、導き手に倣って生きることが、具体的な指針として置かれている。倣うべき手本が示されている。出典:クルアーン/クライニー『アル・カーフィー』(10世紀)
同じ枠組みを共有する。加えて、導き手を通して世界の秩序を読み解くことに、積極的な意味が置かれてきた。出典:クルアーン/クライニー『アル・カーフィー』(10世紀)
同じ枠組みを共有する。加えて、正しさのために耐えられたかどうかが、強く重んじられてきた。耐えたかどうかが重んじられる。出典:クルアーン/クライニー『アル・カーフィー』(10世紀)
同じ枠組みを共有する。加えて、時のなかで導き手が果たす役割について語られてきた点が異なっている。出典:クライニー『アル・カーフィー』(10世紀)
同じ枠組みを共有する。世界の秩序を読み解くことに、より積極的な意味が置かれてきた点が異なる。読解そのものが重んじられる。出典:クルアーン/クライニー『アル・カーフィー』(10世紀)
同じ枠組みを共有する。加えて、預言者の家系に連なる者の取り次ぎによって行き先が変わりうることが語られる点が異なる。出典:クルアーン/サドゥーク『イーティカーダート』第21章(取り次ぎ)
理性によっても善悪は知りうるとする側に立つ。神は理に反することを命じないという枠組みが置かれている。出典:ムウタズィラ派の立場(アブドゥル・ジャッバール没1025年)
同じ枠組みを共有する。加えて、導き手に従って生きることが、生の目的のうちに位置づけられている点が異なる。出典:クルアーン/クライニー『アル・カーフィー』
同じ枠組みを共有する。加えて、殉じた者の苦しみを記憶し、悼むことが信仰の中心に置かれてきた。出典:『ズィヤーラト・アーシューラー』(『カーミル・アッ・ズィヤーラート』所収)