立場 / 日本

神道(祖霊の観念)

この立場が、それぞれの問いに何と答えているかを縦に読みます。文はいずれも問いのページから取ったもので、書き直していません。

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問いごとの答え(23件)

死んだらどうなるのか

死者は時を経て個の名を離れ、家や土地を守る祖霊になっていくという形で受けとめられてきた。教義として定められたものではない。出典:柳田国男『先祖の話』1946年

死者と生者はつながれるのか

盆や彼岸に死者が帰ってくるものとして迎えられ、送られる。教義として定められたものではなく、年ごとの行事の形で続いてきた。出典:柳田国男『先祖の話』1946年

生まれる前の私はいたのか

家の祖霊が生まれ替わって戻ってくるという受けとめが、民間の伝えのなかに広く見られると記されている。出典:柳田国男『先祖の話』1946年

名を残すことに意味はあるのか

三十三年を経ると、個の名を離れて祖霊になるとされる。名が消えることは、そこでは終わりではない。出典:柳田国男『先祖の話』1946年 第51節

祈りは届くのか

盆や彼岸に迎え、送る。願い事というより、来てもらうこと自体が営みの中心に置かれて続いてきた。出典:柳田国男『先祖の話』1946年

意識はどこから来るのか この問いには答えない

この問いを立てない。見えないものが働いているという受けとめが、暮らしの行事の形で続いてきた。出典:柳田国男『先祖の話』1946年

他者とどう関わるのか

生きている人だけでなく、亡くなった人も含めた関わりとして受けとめられる。家と土地が、その単位になる。出典:柳田国男『先祖の話』1946年

運命は決まっているのか この問いには答えない

この問いを立てない。祓い、祈り、迎えるという営みのほうが、年ごとの行事の形で繰り返されてきた。出典:柳田国男『先祖の話』1946年

臨死体験は何を示すのか

亡くなった人に会ったという語りは、民間の伝えのなかに古くからある。教義として定められたものではない。出典:柳田国男『先祖の話』1946年

生まれ変わりはあるのか

死者は年月をかけて祖霊になっていくとされる。家のなかに生まれ直すという言い方も伝わるが、教義ではない。出典:柳田国男『先祖の話』1946年

欲は満たすべきか、減らすべきか この問いには答えない

この問いを立てない。実りを願い、収穫を祝うという営みのほうが、年ごとの行事として続いてきた。出典:柳田国男『先祖の話』1946年

私とは何か

個としての私は年月をかけて薄れていき、祖霊という大きなまとまりに溶けていくものとして受けとめられてきた。出典:柳田国男『先祖の話』1946年

神とは何か

身近な死者も、年月を経て神になっていくとされる。神と人のあいだに、越えられない断絶を置いていない。出典:柳田国男『先祖の話』1946年

幸せとは何か

家が続き、実りがあり、無事であることが、幸せの形として長く受けとめられてきた。暮らしの実感に近い形をとる。出典:柳田国男『先祖の話』1946年

生きるとは何か

受け継いだいのちを次へ渡していくことが、生きることの形として受けとめられてきた。教義ではない。渡すこと自体が務めとされてきた。出典:柳田国男『先祖の話』1946年

現実は心が作るのか この問いには答えない

この問いを立てない。見えないものが働いているという受けとめが、暮らしの行事の形で続いてきた。出典:柳田国男『先祖の話』1946年

成功とは何か

家が続き、務めを果たし、次へ渡せたことが、成し遂げたことの形として受け継がれてきた。渡せたかどうかが問われる。出典:柳田国男『先祖の話』1946年

時間とは何か

年ごとにめぐる行事として時が受け取られてきた。三十三年という区切りも、その巡りのなかに置かれる。出典:柳田国男『先祖の話』1946年

宇宙とは何か

宇宙の構造そのものを論じない。人が暮らす場と、その周りにある力とのつながりのほうが語られる。問いは暮らしの側を向く。出典:柳田国男『先祖の話』1946年

天国・地獄・浄土はどこにあるのか

死者は遠くへ行くのではなく、山や里の近くにとどまり、時期が来ると帰ってくるものとして受けとめられてきた。教義ではない。出典:柳田国男『先祖の話』1946年(山中他界)

善悪はどこで決まるのか

教義として善悪を定めない。家や土地とのつながりを保つ営みが、行いの善し悪しを支える形で続いてきた。出典:柳田国男『先祖の話』1946年

なぜ生まれてくるのか

いのちは祖先から連なって受け継がれるものとして受けとめられる。理由を説くのではなく、祝い、清めることが行われる。出典:柳田国男『先祖の話』1946年

なぜ苦しみがあるのか

災いは、祀られない霊や自然の力によるものとして受けとめられてきた。鎮めることが対処の中心になる。出典:柳田国男『先祖の話』1946年

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