この立場が、それぞれの問いに何と答えているかを縦に読みます。文はいずれも問いのページから取ったもので、書き直していません。
死者は時を経て個の名を離れ、家や土地を守る祖霊になっていくという形で受けとめられてきた。教義として定められたものではない。出典:柳田国男『先祖の話』1946年
盆や彼岸に死者が帰ってくるものとして迎えられ、送られる。教義として定められたものではなく、年ごとの行事の形で続いてきた。出典:柳田国男『先祖の話』1946年
家の祖霊が生まれ替わって戻ってくるという受けとめが、民間の伝えのなかに広く見られると記されている。出典:柳田国男『先祖の話』1946年
三十三年を経ると、個の名を離れて祖霊になるとされる。名が消えることは、そこでは終わりではない。出典:柳田国男『先祖の話』1946年 第51節
盆や彼岸に迎え、送る。願い事というより、来てもらうこと自体が営みの中心に置かれて続いてきた。出典:柳田国男『先祖の話』1946年
この問いを立てない。見えないものが働いているという受けとめが、暮らしの行事の形で続いてきた。出典:柳田国男『先祖の話』1946年
生きている人だけでなく、亡くなった人も含めた関わりとして受けとめられる。家と土地が、その単位になる。出典:柳田国男『先祖の話』1946年
この問いを立てない。祓い、祈り、迎えるという営みのほうが、年ごとの行事の形で繰り返されてきた。出典:柳田国男『先祖の話』1946年
亡くなった人に会ったという語りは、民間の伝えのなかに古くからある。教義として定められたものではない。出典:柳田国男『先祖の話』1946年
死者は年月をかけて祖霊になっていくとされる。家のなかに生まれ直すという言い方も伝わるが、教義ではない。出典:柳田国男『先祖の話』1946年
この問いを立てない。実りを願い、収穫を祝うという営みのほうが、年ごとの行事として続いてきた。出典:柳田国男『先祖の話』1946年
個としての私は年月をかけて薄れていき、祖霊という大きなまとまりに溶けていくものとして受けとめられてきた。出典:柳田国男『先祖の話』1946年
身近な死者も、年月を経て神になっていくとされる。神と人のあいだに、越えられない断絶を置いていない。出典:柳田国男『先祖の話』1946年
家が続き、実りがあり、無事であることが、幸せの形として長く受けとめられてきた。暮らしの実感に近い形をとる。出典:柳田国男『先祖の話』1946年
受け継いだいのちを次へ渡していくことが、生きることの形として受けとめられてきた。教義ではない。渡すこと自体が務めとされてきた。出典:柳田国男『先祖の話』1946年
この問いを立てない。見えないものが働いているという受けとめが、暮らしの行事の形で続いてきた。出典:柳田国男『先祖の話』1946年
家が続き、務めを果たし、次へ渡せたことが、成し遂げたことの形として受け継がれてきた。渡せたかどうかが問われる。出典:柳田国男『先祖の話』1946年
年ごとにめぐる行事として時が受け取られてきた。三十三年という区切りも、その巡りのなかに置かれる。出典:柳田国男『先祖の話』1946年
宇宙の構造そのものを論じない。人が暮らす場と、その周りにある力とのつながりのほうが語られる。問いは暮らしの側を向く。出典:柳田国男『先祖の話』1946年
死者は遠くへ行くのではなく、山や里の近くにとどまり、時期が来ると帰ってくるものとして受けとめられてきた。教義ではない。出典:柳田国男『先祖の話』1946年(山中他界)
教義として善悪を定めない。家や土地とのつながりを保つ営みが、行いの善し悪しを支える形で続いてきた。出典:柳田国男『先祖の話』1946年
いのちは祖先から連なって受け継がれるものとして受けとめられる。理由を説くのではなく、祝い、清めることが行われる。出典:柳田国男『先祖の話』1946年
災いは、祀られない霊や自然の力によるものとして受けとめられてきた。鎮めることが対処の中心になる。出典:柳田国男『先祖の話』1946年